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5月1日は日本ではメーデーが行われますが、祝日というわけではありません。
しかしながら、ここフランス、及び、大多数の欧州の国では5月1日はれっきとした休日です。 ちなみにここフランスでは5月1日は Féte du Travail(労働祭)と呼ばれています。 労働者の権利意識が強く、毎日のように国のどこかでデモやストライキを繰り広げているフランス人のこと、まさかまさか、休みが続くということで、一足先にバカンスへ出かけたりしていないでしょうね・・・? ん?・・・・・まさか・・・ 我が家の近所のこの閑散とした、人のまばらな雰囲気は一体何・・・? どうやらフランス人は、例年のごとく、労働祭があるにもかかわらず、デモやストライキではなく、有給休暇の取得という別の方法で権利を主張していることに決めたようです。 まあ、フランス人たちのことはほっとくとして、我が家はこの日はルーアンに日帰りで行くことにしました。 ----- Wikipedia Japaneseより引用----- ルーアン市 人口は約11万人(1999年)、都市圏全体の人口は約50万人。セーヌ川河畔の都市。 中世からの古市であり、大司教座が置かれた。ルーアン大聖堂はゴシック建築の代表として知られる。クロード・モネの中期の連作『ルーアン大聖堂』はこの聖堂を主題としたものである。ルーアン大聖堂にはヴァイキングで初代ノルマンディー公になったロロの墓がある。また、百年戦争で捕虜となったジャンヌ・ダルクは、1431年にこの町で火刑に処されている。 フランスでは学生の町として有名でたくさんの教育機関がある。 ----- 引用終わり ----- まあ、ルーアンといえば、とにかくジャンヌ・ダルクが火あぶりの刑にされたことで有名な町です。 しかも、ルーアンは自宅のあるブローニュから高速道路経由で約2時間。 夏時間になり、午後の明るい時間が長くなったということもあり、行くことになりました。 さて、自宅を出発したのは、午前8時20分頃。 高速道路A13をすっ飛ばし、道がすいていたこもあり、極めて順調にルーアン市に入ることができました。 車を止めた場所は、サントゥアン教会がある広場の端にある地下の有料駐車場。 フランスは地震がないせいか、景観を保存し、かつ大勢の観光客に来てもらうために、このような地下有料駐車場を各都市の中心部に設けています。 今回も、私のよみどおり、地下の駐車場がありました。 さて、車を降り、我々が最初に向かった先はノートルダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame)です。 街は、日曜日だからなのか、はたまた地元のフランス人がバカンスで出かけて留守にしているからなのか、観光客以外は殆ど人影のない通りをてくてく歩きながら、大聖堂へ向かいました。 ちなみに、下の写真はその時の街の様子です。 うーん、誰もいない(苦笑) ということで、ようやく大聖堂に到達しました。下の写真がノートルダム大聖堂です。 この大聖堂も、外から見ても中から見ても、景色的には圧巻なのですが、既にたくさんの同じような大聖堂を見てきた私にとっては、特に印象深い、と言えるほどの大聖堂ではありませんでした。 中では、ミサが始まっており、雰囲気はなかなか良かったですが。 ちなみに私が今回、良い雰囲気棚と思った大聖堂はこのノートルダム大聖堂ではなく、午後に入ったサントゥアン教会(Eglise St-Quen)でした。下が写真です。 ここは、外はさることながら、中に入ってびっくり。ほとんど教会らしい設備がなく、ただだだっぴろい広間に椅子がずらりと並べられているだけ。あとは、パイプオルガンが教会の西端の上階部分に、そして、イエス・キリストの飾ってある東端の一角のみ。 この教会のあまりの簡素さ及び涼しさ(何もないから?)に、ある意味、感銘を久々に受けました。 さて、大聖堂を出た後、我々が向かったのは大時計(Gros Horloge)及びジャンヌ・ダルク教会(Eglise Jeanne d’Arc)の方向です。 まずは、大時計です。下の写真の、真ん中の少し下にある時計が、大時計です。 ただの、金ぴかの時計にしか見えませんが・・・ まあ、一応名所ということで心に留めておき、次のジャンヌ・ダルク教会へ向かいました。 ジャンヌ・ダルク教会ということで、いかにも中世っぽい生々しい跡の残っている教会を想像していたのですが・・・ うーん・・・・・ なんか、こう、もうちょっと普通の教会をイメージしていたのですが・・・何か代々木体育館のミニチュア版みたいだ・・・ 一応、内部を除いてみましたが、中も別に普通の現代建築っぽい作りでした。 何やら拍子抜けした私でしたが、もう一つ、ジャンヌ・ダルクゆかりの建築物であるジャンヌ・ダルクの塔(Tour Jeanne d’Arc)へ向かいました(途中で陶器博物館を見ましたが、特に変り映えしない内容だったので省きます。) これが、その塔の写真です。 まあ、こっちの方が、いかにもそれっぽい、という感じでしたね。少しほっとしました。 この塔は13世紀にフランス国王フィリップ・オーギュストにより建てられたブーヴルイユ城の7つの塔のうちの一つで、ここにジャンヌ・ダルクが幽閉され、更に1431年5月9日には拷問も受けたとのことです。 中に入って見たかったのですが、14時からしか開かないということなので、なくなく諦め、食事へと向かいました。 さて、食後は、いよいよお目当ての一つであるルーアン美術館(Musée des beaux-Arts)へ向かいました。 外観は、古ぼけた建物でぱっとしませんでしたが、中は結構広く、ルーブル美術館張りの中庭があったりして、意外でした。 しかし、私にとってもっとも意外だったのは、この美術館、何気に モネ、シスレー、そしてルノワールの絵があった! 、ということです。 いやあ、これには参りましたが、それと同時に、嬉しかったです。 嫁さんは、モネの風景画のうちの一つが特にお気に入りだったようで、その絵を何回もしげしげ見ていました。 今回、改めてモネやシスレーの所謂印象派と呼ばれている画家たちの絵を見て気がついたのですが、彼らはカンバス上の一見無秩序に筆をあてがったような形でベタベタと筆先で色を塗っており、近めで見ると非常に汚く見えるのですが、彼らの描いた絵を遠くから見ると、綺麗な絵に変身することです。 私はこれまでどちらかというと写実派の絵が面白かったのですが、こういう絵の描き方もあるのかとわかり、面白かったです。 さて、ルーアンは流石地方都市。観光名所以外にも、いくつか面白い風景を撮影することができました。 (1) 大聖堂広場の近くでおとなしく待っている観光馬車を引く馬達 馬はいつ見ても可愛いですね。 今日も頑張るのだぞ。 (2) サントゥアン広場の教会をじっと守り続ける騎士の銅像 うーん、さまになっている。 馬の上の騎士は、もしや、ジャンヌ様? (3) 崩れそうな教会 誰かメンテしないのかなあ・・・ (4) 崩れそうな建物 流石に人は住んでいないようですが・・・ 危なすぎる、この建物。 都合により、この建物の脇を通ることになったのですが、少し心配でした。 まあ、地方都市ルーアン、なかなかそれなりのいい感じでした。 また来ようという気はあまり起きませんでしたが、ルーアンは少なくともそれなりの歴史のある市であるという事実を深く私の心に印象づけた一日でした。
by witchmountain
| 2007-04-30 05:01
| フランスでの生活
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